患者の立場として言われて嫌だったこと

病気になった人に対して、周りにいる家族や友人がどのように声をかけていいかわからなかったりすることもあるのではないでしょうか。

そこで今回は、脳腫瘍という病気を患った僕の経験から、言われて嫌だったことを書いてみたいと思います。何が嫌かは人によるので、参考程度に受け取って欲しいです。

僕にとって、言われて嫌だったのは「気にするな」でした。その言葉自体に問題があったというよりか、自分の状況と合わせて言われて嫌だったという感じです。おそらく、「気にするな」という言葉が、その時の自分の感覚と一番離れている言葉だったからだと思います。

手術後、僕の左半身に麻痺が出ました。特に影響が大きかったのは顔です。そのため、顔の左側の表情筋が動かないことで自分の表情がどのようになっているかわからず、自分の感情が相手にどのように伝わっているかわからないという不安、また、舌の左側が動かないことで滑舌が悪くなり相手に言葉を聞き取ってもらえているかわからないという不安がありました。

それに対して、相手から見て、表情は別に気にならないであるとか、言葉が聞き取りにくいこともないといったことを言われりしました。それについては、そういうふうに見えているのだなと客観的な意見として受け取ることができました。

ただ時折、それに加えて、だから気にしなくていいとか気にしすぎだということを言われることもありましたが、それについてはあまりいい気分はしませんでした。それはこちら側の主観だからです。自分が気になっているということについて否定されるのは違う気がしました。

表情筋を動かすとか、舌を動かすとか、今まで意識せずともできていたことができなくなるのは、とてもストレスを感じることです。しかも、そういった違和感は、何ヶ月もの間、寝ている時間を除いて、ずっと消えることはありませんでした。本当にもどかしいし、かなりイライラします。

そのような感じずにはいられない違和感に対して、気にするなとか気にしすぎという指摘は本当にいりませんでした。気にするなと言われて気にしなくなれる程度のことではないから困っているのです。

もちろんこちらのことを気遣って言ってくれているというのもわかります。不安を和らげようという意図があるかもしれません。なので怒ったりはしませんでしたけど、気分がモヤモヤする言葉でした。

なんか、恋人にフラれた直後に、すぐにいい人見つかるよって言われたみたいな、今はそういうことじゃないという感じですかね。違うかな?どうだろう。

ちなみに、当時僕が言われて一番嬉しかったのは、卒業以来会っていなかった大学バスケ部の先輩から手術前にもらったメッセージにあった一文で「(僕の名前)のシュートフォームは今でもイメージできるよ」というものでした。その言葉に僕は泣きそうになりました。

なんでその言葉にグッときたかはうまく理由を説明できないですけど、嫌だった言葉と比較すると、自分のことを分かってもらえている感じがする表現だったということでしょうか。もちろん当時もらったメッセージはどれも嬉しいものだったのですが、この言葉が一番印象に残っています。

この記事は個人の体験に基づいて書いたものです。病状などは人それぞれ異なるものなので、気になることがあったら必ず、主治医に確認してください。本ページについてご質問等ありましたらお問い合わせページからお願いします。

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