これは、脳のがんとも言われる脳腫瘍(G2、乏突起膠腫)を患ったときの体験記です。2015年7月に東京女子医大で脳腫瘍の覚醒下手術をしました。ここでは手術を終えてICUに移動してから一般病棟に戻るまでに僕が体験した出来事について書きたいと思います。苦痛に思ったこと、看護師さんの対応に助けられたこと、頭に管が刺さっていてびっくりしたことなど、いろいろありました。
(※覚醒下手術とは意識がある状態で腫瘍の摘出を行う手術のことです。参考までに、こちらの記事もどうぞ)
ICUへ移動する
手術が終わり、先生から「ICUに行くよ」と声をかけられて、スタッフの皆さんの「せーの」という掛け声とともに手術台からストレッチャーに移されました。ガラガラという音とともに車輪から伝わる振動を体で感じながら「終わったんだな」とぼんやり考えていました。ICUに着くと、再びスタッフの皆さんに囲まれて「せーの」という掛け声とともに今度はストレッチャーからベッドへ移されました。寝たままの状態で周りを見渡しながら、今日は長い夜になるかもしれないなと不安に思っていました。と言うのも、いろいろな方の体験談を読むと、痛みがあったり周りの人の声や機械の音が気になったりしてなかなか眠れなかったという話が多かったからです。
しばらくすると母がやってきて「終わったよ」と言いました。僕は「うん」と答えただけだったように覚えています。話をするのも大変なほどに疲れてしまっていました。手術する方も必死でしたが、10時間近く待つのも大変だったと思うので、とりあえず無事な姿を見せられて良かったと思います。ただ今思うと、両腕に点滴などを注入する管、さらには頭にもドレーンと呼ばれる管が刺さっている状態、さらには頭を40針縫った状態だったので、あまり無事には見えていなかったかもしれません。実際、ICUにM先生がやってきた時に母は「社会復帰できるのか?」ということを聞いていました。先生は「心配ない、大丈夫」と答えていて、それには僕も少しホッとしました。
障害の残り具合を確認する
気づくと僕の周りに担当の先生達が集まっていました。ちなみに担当医師は6人です。入院当初は、1人に対して6人もの医師が担当するのかとびっくりしました。ただ、今回の入院はそれくらい大変なことなのだなと、そのことからも実感できました。
先生達は僕の左半身にどの程度障害が残っているかを確認しにきたようでした。僕は寝た状態のまま指示に従って、足を上げる、腕を上げる、手をグーパーするといったことをしました。足はそれほど違和感なく上げられました。腕は凄くゆっくりでしたが、なんとか上げられました。ただ、普通に腕を上げようとするのですが、脳からの指令が上手く伝わらないのか、今までの1/4くらいのスピードでゆっくりと上がっていく感じでした。
指は、腕よりさらに動きが悪く、親指以外の4本が何とか曲げ伸ばしできるかなといった感じでした。完全にグーにすることはできず、腕よりさらにゆっくりとしか動かない状況でした。でも、その様子を見た先生が「思ってたより動くね、このくらい動くなら大丈夫」と言いました。正直、本当に大丈夫?と思いましたが、その時はリハビリで何とかなるのだろうと思うしかありませんでした。
ICUでの苦痛
ICUにいると周りからアラーム音だとか医療機器の動作音などが聞こえてくるので、それが気になりました。また、自分にも、血圧計が左腕に、エコノミー症候群防止のためのマッサージ機が両足に装着されていたので、それらが発する音も気になりました。さらに、血圧計とマッサージ機は定期的に自動で作動するようになっていました。しかも一晩中です。突然、血圧を測ったり、マッサージし始めたりするので、それも結構気になりました。朝まで眠れなさそうだと思うと、とても憂鬱でした。
苦痛に感じることはその他にもありました。それは軽く拘束されたような状態になっていて身動きがとりにくかったことです。看護師さんからは、軽くなら寝返りを打っても良いと言われていました。でも、両腕と、さらには頭からも管が出ていたので、どこまで動いて良いのかわからずに困りました。結局ほとんど体を動かせず、とても窮屈な思いをしました。
僕は、こういった動いてはいけないような状況が苦手です。あまり体を動かさないようにと意識し始めると、変に力が入ってしまい、体が強張ってきてしまうのです。なので、この身動きの取りづらい状況にイライラが募ってきて、イーっとなってしまいました。なんとか気持ちを落ち着かせようと何度も深呼吸してみましたが、なかなか落ち着けません。緊張もあってか、気づいたら汗だくになっていて、入院着を取り替えてもらわないといけないほどでした。これは耐えられないかもと思い、看護師さんに睡眠導入剤をもらえないか聞いてみたのですが、意識確認ができないからという理由でダメらしく薬をもらうことはできませんでした。
とてもありがたかった看護
そんな状況だったこともあってか、ICUでの担当看護師のKさんは、夜中に事務作業をする時、わざわざベッド脇にパソコンを持ってきて側にいながら看護してくれました。僕の腕に手を当てて、気持ちを落ち着かせようとしてくれたりもしました。おかげで苦痛がだいぶ和らぎました。手当てというのは本当に効果があるんだなと実感できました。
結局、いつの間にか寝てしまっていて気づくと朝になっていました。寝られないことも覚悟していたので、少し拍子抜けするくらいでした。朝、Kさんがやってきて「約束通り横で見てましたよ」と声をかけてくれました。ですが僕は頭がぼうっとしてしまっていて、ちゃんとお礼が言えませんでした。感謝の気持ちがすごいあったのに伝えられなかったのがとても心残りです。Kさんだけに限らないのですが、この入院で関わった看護師の皆さんはとても丁寧に看護してくれました。おかげで思っていた以上に入院生活を快適に過ごせたので、すごくありがたかったです。
一般病棟へ
朝起きてからしばらくして担当医師の一人でもあるO先生がやってきました。先生は頭の状態を確認しながら「この管を抜いた後、傷口を塞ぐ時ちょっと痛いかもしれませんよ」と言い、ドレーン(頭に刺さっている管)をサッと抜き、医療用のホチキスで頭の傷をガチャリと塞ぎました。確かにちょっと痛かったですが思っていたほどでもなく器用に処置をしてくれました。ものの2秒くらいで一連の処置を済ませたので、さすが外科医だなと感心しました。
お昼頃になって、ICUから一般病室へ移動することになりました。介護スタッフの方が迎えに来てくれて、寝たままの状態でベッドごと2階のICUから5階の病室まで移動しました。約30時間ぶりに、なんとか病室に戻ってこられました。今回の入院の一番の山場を乗り越えられて、本当に良かったと思いました。